2009年 07月 25日
映画「ハゲタカ」 |

映画「ハゲタカ」(2009年・日本)
2007年放映の素晴らしいNHKドラマ「ハゲタカ」が、とうとう映画化された。TVドラマでは外資による日本買いが描かれたが、時代は移ろい、かつて日本を買い叩いた米国資本が今では凋落している。そこに台頭しているのは巨大な中国資本だ。この目まぐるしく動く時代に適応するために、本映画は一度クランクインしてから脚本を8割近く書き換えたという(Wikipedia)。結果、その労力にふさわしい、すぐれた作品として仕上がっている。
アイドルやタレントが主役を張る低俗な邦画がしばしば見受けられる中で、本作品では、決して美男子とは呼べない大森南朋が、TV版と変わらない素晴らしい存在感を見せてくれている。かつて日本を買い叩いた若きハゲタカ・鷲津(大森)から以前の激しさは鳴りをひそめ、いまや陰気な無気力感が彼の周りに漂っている。一方、TV版で鷲津と丁々発止の戦いを繰り広げた芝野(柴田恭兵)は、その後も愚直に日本企業を支え続けてきた様子である。映画版では、成熟した大人となったこの2人がタッグを組み、かつての鷲津を彷彿とさせる若き中国系ファンドマネージャー・劉(玉山鉄二)を迎え撃つ。劉は鷲津に言う。「俺は、アンタだ」。鷲津は芝野に言う。「劉は、あなたですよ」。主要な登場人物たちは、多くの劇作品がそうであるように、一人の人間の心の中に生じる葛藤を、鮮やかに提示するために設計され配置されている。鷲津も、芝野も、劉も、三島も、西野も、守山も、ただ愚直に生き続ける尊敬すべきただ一人の人間の分身たちであり、映画の観賞者こそがその一人の人間として想定されている。
劉はまた、顔の見えない不気味な中国の象徴でもある。そこでは誰かと誰かの人生を入れ替えたとしても大差がないほどに、個人の存在が軽い。その得体の知れなさへの恐怖感を、しかし鷲津は、いとも軽々と乗り越える。本名もわからない中国人の足跡をたどり、日本のアカマ自動車に憧れ続けた一人の少年として、真剣に対峙していく。そこには極端な理想論がある。中国の貧村から、名もわからない人物の生家を見つけることなど非現実的だし、そして中国を顔のない集団として扱うのではなく、そこに生きる人間たちと真摯に向き合っていこう、だなんて、青臭い楽観主義である。そしてたぶん、この青臭さこそが本作品の主題なのだ。愚直なものづくりこそ日本の基礎だと信じ、日本企業を支え続ける芝野。真実を伝えることこそジャーナリストの使命だと信じ、上司の命令に背く三島。そのような青臭い理想論が、長期的に見れば、会社や人生を泡(あぶく)へ帰することのない、健全な経済を持った、豊かで幸せな国家をたしかに育んで行くのだ。
鷲津が中国を訪れるラストシーンはやや冗長さを感じさせるが、むしろだからこそ鑑賞後の印象に残り、映画のメッセージを私たちへ鮮明に伝えてくれる。
-hiraku-
監督 大友啓史
脚本 林宏司
出演
大森南朋
玉山鉄二
栗山千明
高良健吾
遠藤憲一
松田龍平
中尾彬
柴田恭兵
公式ウェブサイト: http://www.hagetaka-movie.jp/
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by hiraku_auster | 2009-07-25 22:25 | 映画
