ポール・オースター「最後の物たちの国で」 |

このノートがあの部屋に行きつくと思うと、嬉しくなります。たとえば私のベッドの上の棚に、昔遊んだ人形たちや、七つのときに着たバレリーナのコスチュームと並んで。私を思い出すよすがとなる、最後の一つの物。
「最後の物たちの国で」 (ポール・オースター著・柴田元幸訳) 白水社Uブックス・1994
「これらは最後の物たちです、と彼女は書いていた」と始まるこの小説は、主人公の女性アンナ・ブルームが誰かに宛てて書いている手紙の形式で書かれている。アンナは失踪した兄を追ってある国にやってきた。手紙はその国の悪夢のような様子を伝える。人は次々と死んでいき、目の前にあった物も目を逸らした隙に消え去り二度と戻ってこない。そして物とともに記憶も言葉も消えてゆく世界。そして世界とアンナ自身が限りなくゼロに収束していく中で、アンナは何を見るのか。
「これは現在と、ごく最近の過去についての小説だ。未来についてじゃない。『アンナ・ブルーム、二十世紀を歩く』――この本に取り組みながら、僕はずっとこのフレーズを頭の中に持ち歩いていた」とオースターはインタビューで語っている。しかし、この小説の時代設定がいつかだなんて悩んでもあまり意味がない。舞台はあらゆる意味でオースターの頭の中で作り出された世界であり、それ以上でもそれ以下でもないからだ。この作品から2年後に発表された「ムーン・パレス」を読むと、どうやらアンナの手紙の宛先は「ムーン・パレス」の主人公MSフォッグの友人ジンマーであるらしい。しかし二つの世界はもはや往来不可能に分かたれてしまった。アンナの世界はジンマーやフォッグが住む世界(おそらく我々の世界とより近しい世界)とは別の時間軸を持つパラレルワールドなのだろう。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」(村上春樹)を連想させる構図である。
「最後の物たち」とは具体的に何を指しているのだろう、と考えるとわからなくなってくる。もちろんあらゆる物が消え去ってゆく世界であるから、目の前にある物は無に変わる寸前の最後の物である、という言葉通りの取り方ができる。例えばアパートの前の死体。例えばラッパ。さらに物がなくなることで記憶がなくなってゆく。従って記憶こそが我々に残された最後の物だ、とも言えそうだ。さらには記憶が皆と共有できなくなったとき、言葉も無意味になってゆくから、言葉こそ最後の物である、とも。アンナはまさにその言葉をもってノートに物語を書きつづっており、アンナにとってはこのノートこそが最後の物かも知れない。そしてノートの中でアンナは願うのである。このノートがあなたにとって私を思い出すよすがとなる最後の物となって欲しい、と。オースターの物語世界にしばしば見受けられる、重層かつ重厚な構造である。
「何冊も出ているオースター翻訳書のなかで、この『最後の物たちの国で』が一番好きだと言ってくれる人は意外に多い」と訳者柴田氏は「Uブックス版に寄せて」に書いている。確かにホームページを通じて私に意見を寄せて下さる方々の中でも、1、2を争う人気の作品である。柴田氏いわく、「自分でも大好きな一冊なのにアメリカではなぜか埋もれてしまっている、とオースター氏が嘆いているだけに、訳者としては嬉しい限りである」。このホームページを通じてますます日本での読者が増えてくれれば、HP制作者としては嬉しい限りなのである。
-hiraku- (September 1999)
付記: 1999年からオースターHPに掲載している紹介文を再録した。時が経ち今の自分の読み方とは違う部分もあるが、そのまま転載した。
本ブログ内の関連エントリー:
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はやい!@_@ ありがとうございます。
いろんな方がブログなどでも指摘していますけど、この作品は村上春樹作品との類似点が驚くほど多いですよね。いま「海辺のカフカ」を初読してまして、改めてそう感じています。
HPのほう以前から拝見していましたのでTBいただいてびっくりでした!
Austerは一番好きな作家です。これからもちょくちょくのぞかせていただきますね。
narityさんのブログのどこかに書いてらっしゃいましたけど、村上春樹は昔だめと思ってもいま読み返すとすごくいいんですよね。やっぱり難しいから年を取らないとわからないんでしょうか(笑)。
>sheknowsさん、
おお、すごい映画の量ですね。@_@ 宇多田夫の「キャシャーン」以外の邦画が押しなべて酷評な気が。。。^^; なんかいい邦画があったら教えてください! 私は二年前に「スパイ・ゾルゲ」を映画館で見て、もう二度と邦画を映画館では見ない、と誓いました(苦笑)。日本はアニメはすばらしいのに。。。
邦画といえば、最近見た「亀は意外と速く泳ぐ」「運命じゃない人」はなかなかおもしろかったです。
またちょくちょく遊びにきますね。
TB&コメントありがとうございます。Dさんオススメの2本は、いまネットで調べてみると、両方とも新監督のデビュー作なのですね。新たな人材が邦画界を変えてくれることに期待したいです。ぜひ見てみたいです! 推薦ありがとうございます。^v^
おお、なんて詳細ですばらしいレポート!@v@b 続きが楽しみです。
よろしかったら、私の「オースターHP」の掲示板でも宣伝してください。きっとサーチさんのブログを読んで喜ぶ方が多いと思います。^v^
http://www.geocities.jp/paulauster_hp/
ホームページたのしく拝見させていただいています。
「最後の物たちの国で」は1年にいちどは読み返したくなる本です。
物や情報があふれかえる世の中なのに、不思議とリアリティを感じてしまいます。物や情報があふれすぎていて、本当に伝えたいことを本当に伝えたいひとに伝えにくくなっているからでしょうか。
TB&コメントありがとうございます! 「最後の物たちの国で」、ほんとうにお好きなのですね。^v^ 小説の内容を踏まえた上での深いコメントからそれは切々と感じられます。「ムーン・パレス」や本作品でオースターが描く、「自分がゼロに収斂していく中で新たに見えてくる世界」は私にとっても至極新鮮で刺激的です。物があふれすぎていると見えないものが多いのですね。
indigodreamと申します。オースターHPは度々拝見させていただいてまして、最近やっと書く時間がとれましたので、僕もいろいろ書こうと思いました。
どうぞ、よろしくお願いします。
において関心が高かったため共通する内容と思ったためです。今後と
もよろしくお願いいたします。
TB&コメントありがとうございます。やはり本作品は人気が高いですね。私はこの作品の良さがじゅうぶんにわかっていないのかも知れない、と危惧するほどの関心の高さです! 読み返してみなくては。。。
今後ともよろしくお願いします。^v^
私のブログが再読のきっかけとなったとのこと、たいへんうれしいです。^v^ それにしてもすごいコメント&TBの数…、この作品は本当に人気ですね。ゆうけいさんのブログで引用していただいた私の文章も、たしかどこかに元ネタがあるのです、実は。6年も前に書いた文章なので忘れてしまいましたが、どこかで読んだ記事を膨らませて書いたのでした。最近、三浦雅士「村上春樹と柴田元幸のもうひとつのアメリカ」を読んで、この話は私が思っているよりずっと深いのだなぁと思い、私も再読してみたいと思っています。
ご無沙汰しております。
「最後の物たちの国で」に記事を書いてみたので、またTBさせていただきました。読みながら、「鍵」とは違って、今度は出られない話だなと思っていたら、鍵の次の作品だったことを後書きで知りました。
鍵の向こう側と言ってしまうと、不必要に物語全体を謎解き的に読んでしまいそうで(しかもそんなに関連はなさそう)、避けましたが、入れると思って入れない、出たいと思っても出れないというのは、どちらもすごく似たお話だなと思いました。
hiraku さんの記事を読んでいたら、ムーンパレスも再読してみたくなってしまいました。
すばらしい記事、拝読しました。「最後の物たちの国」が鍵のかかった部屋の中である、という解釈にはうならされました。なるほどー。三浦雅士さんの評論を読んだときも思いましたが、まだ私はこの作品の深さをよく理解できていないようです。時間を見つけて読み返してみたいです。コメント&TBありがとうございました。
「ムーン・パレス」の記事は、オースターHPのほうにあるやつを読んでいただいたのでしょうか? あれは気に入っていないので、そのうち書き直そうと思ってブログのほうには収録していないのですよね。遠江さんのムーンパレスの感想も、ぜひ聞かせてください。
