2006年 10月 03日
村上春樹「ノルウェイの森」 |
そんなとき僕は直子に手紙を書いた。直子への手紙の中で僕は素敵なことや気持ちの良いことや美しいもののことしか書かなかった。草の香り、心地の良い春の風、月の光、観た映画、好きな唄、感銘を受けた本、そんなものについて書いた。そんな手紙を読み返してみると、僕自身が慰められた。そして自分はなんという素晴らしい世界の中に生きているのだろうと思った。僕はそんな手紙を何通も書いた。村上春樹 『ノルウェイの森』 (講談社文庫・全二巻)
言葉にするとほんとうに当たり前なのだけれど、最近つくづく驚きをもって感じるのは、自分が年を取るにつれ、かつてと同じ風景がまるで違うように見えることがあるということだ。過去の出来事を思い出しても、当時とまったく別の評価を与えることもある。十数年前にこの「ノルウェイの森」を初読したとき、私はまだ十代だった。主人公・僕が直子や緑たちと過ごしたのとちょうど同世代で、「ぬかるみの中をぐずぐずと這いまわっていた」。それ以来この本を読み返す機会がずっとなかったが、自分が三十代になって久しぶりに本書を手に取ったとき、37歳になった主人公が、ビートルズの「ノルウェイの森」を聴いて回想を開始する冒頭に、もっとも惹かれた。本書の元になった短編作品「蛍」にはこの冒頭の描写はなく、18歳の「僕」を想起する大人の「僕」は登場しない。しかし短編を長編化するにあたって村上は語り手を明示し、この物語の意味合いを明確にした。その効果をいまは認識できるが、それを認識できる自分は少し哀しい。それは、あの10代の最後から20代初めに自分の中にも存在した、どうしようもなく鋭敏すぎた感性と、熱しやすく冷めやすかった感情が、いまの自分に失われている事実を突きつけるから。単に当時は愚かだった、と言ってしまえばそのとおりだが、愚かゆえに単純な正義感にも激しく燃え、ドン・キホーテ的な突進が可能だった。生きているすべての人間がいつかは死ななければならない、という不条理にも真剣に憤慨した。それがいまは、愚かなことに没頭するにはあまりに賢くなってしまった。死は諦念をもって受け入れるべき存在であるし、陰鬱な天気も「やれやれ、またか」のひと言で済ませてしまう。何の疑問もなく朝になれば一日を生きるためのねじを巻く。かつてはその行為すら、最大の疑念をもって考察すべき一大事であったのに。だから「僕」は、本書で自分の記憶をたどる。その記憶の奥には、自分がいま自分であることの理由が、自分の中の動かしがたい核が、たしかに潜んでいる。村上春樹は「ねじまき鳥クロニクル」から社会への関与を開始したのであって、それ以前の作品では社会へ無関心を装っている、だなんて私は思い込んでいたのだが、それは単に私の読みが浅かっただけだった。この「ノルウェイの森」で既に村上は青くさいばかりの正義感に燃え、社会への働きかけを開始している。愛する人の死はつねに哀しみを生みそれを癒すすべはなく、同時に愛する人がそばにいる喜びは他に換えがたい至上の幸福である。いかなる知識も、諦念も、その事実を変えはしない。その単純な事実をもし社会が軽んじるならば、そんな社会こそ闘わねばならない相手だ。三十歳を過ぎてもそんな情熱を持つ人間は、一般には愚かなドン・キホーテと評されるだろう。私は自分にもそんな単純な情熱がかつて備わっていたことを知り、それがいま「大人になって」失われつつあるのを感じ、そして村上がいまだその情熱とともに闘っている姿を、ここやあそこに見る。作品の難解さで知られる村上が、昔はこんなに単純な物語を書いていたのかと驚くほどであるが、性描写が露骨だとか、自殺者があまりにたくさん描かれるとか、昔は気になったそんな、重要ではあるが決して本質ではない要素に惑わされずに見据えた本書は、愚鈍なまでに単純で純粋な世界観を美しい言葉で綴っており、だから私を、心から励ましてくれた。
-hiraku-
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by hiraku_auster | 2006-10-03 09:37 | 村上春樹・柴田元幸
