2005年 11月 21日
小惑星探査機「はやぶさ」報道に見る、コンテクストを理解する知性
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JAXA(日本宇宙航空研究開発機構)はいま、「はやぶさ」で一気に世界のトップランナーへと躍り出て、すごいことになっている。現時点(日本時間21日午前2時)では、昨日一度目の小惑星表面への着陸はうまくいかず再び上昇し、その後の探査機の姿勢の乱れを止めようとしているところのようだ。報道から目が離せないが、新聞各社の報道は非常に断片的で、彼らの記事から全体像を描くことは難しい。幸い、宇宙開発について多くの著作のあるノンフィクション作家の松浦晋也さんが、JAXAでの記者会見をブログに書き起こして下さっている! このブログはいま世界中からアクセスがあり、記事を英文に訳す作業も行われているようだ。本当にご苦労さまです。
● JAXAホームページ (「はやぶさ」についての記事が多数あります)
● 松浦晋也のL/D
新聞の報道と松浦さんのブログを読み比べていて何が違うかと言えば、この探査プロジェクトの「文脈=コンテクスト」を理解して記事を書いているか、それとも記者会見の発表文から言葉をつまみ食いして記事を書いているかの差である。もちろん、大手新聞社の科学部記者は、松浦さんのように年がら年中、宇宙開発を追ってるわけではない。しかし昨今の日本と世界の宇宙開発の流れに何がしかの理解があれば、このプロジェクトがどんなにすごいことをやってるかくらいわかるだろう。その「コンテクスト」は、ひょっとしたらJAXAの当事者の方々より、ジャーナリストのほうがより深く理解してなきゃおかしいのではないだろうか。科学者たちは自分たちのしたいことを押し通そうとするが、ジャーナリズムが社会との仲介に立ち、科学者たちの希望・行動を歴史的コンテクストの中で評価するのである。残念ながら、いま大手新聞社の報道を追い続けているなかで、そのような姿勢の記事はほとんど見られない。
いちばん驚いたのは、11月12日に各社から一斉に出た「観測ロボットの着地失敗」という記事。おそらくはJAXAからの抗議によるのだろう、大手新聞社のホームページの記事は「ロボットは行方不明」という見出しにその後、書き換えられている。しかし単に「失敗」という言葉が悪い、というものではないのだ。その記事の中身を読んでも、このプロジェクト全体において、この観測ロボットの投下がどのように意味づけされているのか、どのような優先度で行われているのか、そんな言及がまったくないのである。実際は、この観測ロボ「ミネルバ」はミッション全体から見ればおまけのようなもので、JAXAの設定するミッション達成評価には加味されていない。そんな単純なコンテクストへの不理解が、「失敗」なんていう見出しにつながってしまうのだろうと推測する。
さすがに昨日、一回目の着陸がうまくいかなかったことを「失敗」と報道するメディアはなかったようだ1。早ければ25日にも、二度目の着陸挑戦である。宇宙開発が好きな私からすると、「はやぶさ」が小惑星イトカワにぶじ到達して、ロボット切り離しだの着陸への挑戦だの言っている現状が、すでにものすごい大成功だと思うんである。JAXAの皆さんが、アメリカと較べていかにないないづくしの中でこんな快挙を成し遂げたのか、広い視野から評価するような記事を、大手マスコミでもどなたか書いていただけないものか。
JAXAの発表文のテクストを理解するだけではない、それよりももっと広いコンテクストを読者に伝える記事でなければ、ジャーナリズムの意味なんてない。たとえ短い速報記事であっても、それは可能なはずだ。現状の大手各社の記事は、仕事の怠慢というより、もはや知性の欠如の産物である。このままでは松浦さんのブログのような、ネットメディアのますますの台頭を許すだけではないか? フジテレビやTBSの経営陣の皆さんはそれがわかっているのだろうか?
…と話がそれたが、とにかく、JAXA宇宙科学研究本部の皆さんにエールを送りつつ、「はやぶさ」の今後を見守りたい。
-hiraku-
脚注:
1) と思ったら、毎日は「失敗」という言葉を使っていますね。ネガティブな印象の記事ではなかったので(前後関係をきちんと説明している)、気づきませんでした。上で説明しているとおり、「失敗」という言葉を使うことをやめて欲しいと言っている訳ではありません。(11/22追記)
付記: 読売、朝日、毎日の三大新聞の記事を読み比べると、毎日新聞社の記事がもっともしっかり書けていることが多い。やはり「理系白書」といった連載をおこなっているだけあって、科学報道に力を入れているのだろう。
本ブログ内の関連エントリー:
● M-Vロケット打ち上げ成功に寄せて
● パグウォッシュ会議 年次大会@広島 開幕
● パグウォッシュ会議:広島宣言&ラッセル・アインシュタイン宣言邦訳
● 小泉メルマガ 「郵政民営化は改革の本丸」
● JAXAホームページ (「はやぶさ」についての記事が多数あります)
● 松浦晋也のL/D
新聞の報道と松浦さんのブログを読み比べていて何が違うかと言えば、この探査プロジェクトの「文脈=コンテクスト」を理解して記事を書いているか、それとも記者会見の発表文から言葉をつまみ食いして記事を書いているかの差である。もちろん、大手新聞社の科学部記者は、松浦さんのように年がら年中、宇宙開発を追ってるわけではない。しかし昨今の日本と世界の宇宙開発の流れに何がしかの理解があれば、このプロジェクトがどんなにすごいことをやってるかくらいわかるだろう。その「コンテクスト」は、ひょっとしたらJAXAの当事者の方々より、ジャーナリストのほうがより深く理解してなきゃおかしいのではないだろうか。科学者たちは自分たちのしたいことを押し通そうとするが、ジャーナリズムが社会との仲介に立ち、科学者たちの希望・行動を歴史的コンテクストの中で評価するのである。残念ながら、いま大手新聞社の報道を追い続けているなかで、そのような姿勢の記事はほとんど見られない。
いちばん驚いたのは、11月12日に各社から一斉に出た「観測ロボットの着地失敗」という記事。おそらくはJAXAからの抗議によるのだろう、大手新聞社のホームページの記事は「ロボットは行方不明」という見出しにその後、書き換えられている。しかし単に「失敗」という言葉が悪い、というものではないのだ。その記事の中身を読んでも、このプロジェクト全体において、この観測ロボットの投下がどのように意味づけされているのか、どのような優先度で行われているのか、そんな言及がまったくないのである。実際は、この観測ロボ「ミネルバ」はミッション全体から見ればおまけのようなもので、JAXAの設定するミッション達成評価には加味されていない。そんな単純なコンテクストへの不理解が、「失敗」なんていう見出しにつながってしまうのだろうと推測する。
さすがに昨日、一回目の着陸がうまくいかなかったことを「失敗」と報道するメディアはなかったようだ1。早ければ25日にも、二度目の着陸挑戦である。宇宙開発が好きな私からすると、「はやぶさ」が小惑星イトカワにぶじ到達して、ロボット切り離しだの着陸への挑戦だの言っている現状が、すでにものすごい大成功だと思うんである。JAXAの皆さんが、アメリカと較べていかにないないづくしの中でこんな快挙を成し遂げたのか、広い視野から評価するような記事を、大手マスコミでもどなたか書いていただけないものか。
JAXAの発表文のテクストを理解するだけではない、それよりももっと広いコンテクストを読者に伝える記事でなければ、ジャーナリズムの意味なんてない。たとえ短い速報記事であっても、それは可能なはずだ。現状の大手各社の記事は、仕事の怠慢というより、もはや知性の欠如の産物である。このままでは松浦さんのブログのような、ネットメディアのますますの台頭を許すだけではないか? フジテレビやTBSの経営陣の皆さんはそれがわかっているのだろうか?
…と話がそれたが、とにかく、JAXA宇宙科学研究本部の皆さんにエールを送りつつ、「はやぶさ」の今後を見守りたい。
-hiraku-
脚注:
1) と思ったら、毎日は「失敗」という言葉を使っていますね。ネガティブな印象の記事ではなかったので(前後関係をきちんと説明している)、気づきませんでした。上で説明しているとおり、「失敗」という言葉を使うことをやめて欲しいと言っている訳ではありません。(11/22追記)
付記: 読売、朝日、毎日の三大新聞の記事を読み比べると、毎日新聞社の記事がもっともしっかり書けていることが多い。やはり「理系白書」といった連載をおこなっているだけあって、科学報道に力を入れているのだろう。
本ブログ内の関連エントリー:
● M-Vロケット打ち上げ成功に寄せて
● パグウォッシュ会議 年次大会@広島 開幕
● パグウォッシュ会議:広島宣言&ラッセル・アインシュタイン宣言邦訳
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by hiraku_auster
| 2005-11-21 03:35
| 報道