2006年 03月 11日
映画「アマデウス」(1/2)
|
映画「アマデウス」(AMADEUS, 1984・米国)
サリエリは、モーツァルトの唯一無二の理解者であった。それが可能であったのは、サリエリとモーツァルトは二人で一人だったからだ。サリエリは、モーツァルトを愛していた。自分が生きる生きがいとして、モーツァルトを追い求めた。同時にこの上なく憎悪した。自分に欠落した部分を完備した存在に嫉妬し、彼をおとしめることで自分の生きる価値を保とうとした。これらはみな、同じことだ。愛、憎悪、羨望、嫉妬、憧憬。サリエリにとってモーツァルトだけが世界だった。彼だけが自分の人生に意味を与えてくれた。
皆さんのクラスにも一人くらい居ただろう、「天才」と呼ばれてた同級生。彼ら/彼女らはまるで生まれながらに人間として完結しているかに見える。子供は、あるいは大人だって、みんな何をするにも怖いものだ。しかし、ある種の人間は怖れを知らない。凡人が腹ばいのスピードで進むところを、彼らは一足飛びに、飛ぶ。その軽妙さに多くの人は憧れ、あるいは嫉妬する。中にはその天才の高みまで、努力してじりじりと登ろうという人間もいる。自らの能力と欠点を正しく分析し、世間には理解されない天才の能力をも公正に評価し、自分の目標とする。天才は上昇が早いぶん、しばしば速やかに転落するが、努力型の人間は着実に石を積み上げ登っていく。この世界はこの二種類の、二様に優秀な人間たちに牽引されているのではないか。努力型の人間は、天才ほど華やかではないが、すべての凡人のロールモデルである。だから主人公アントニオ・サリエリは言う。私は凡庸な人間のチャンピオンだ、と。彼はつねに、自分が何者であるかを正しく認識していた。
この映画(演劇作品が元になっているが、映画化に伴って大幅に改編されている1)はモーツァルトの生涯を描いた歴史映画的な側面でも知られているが、全編を貫くのはコメディのテイストである。どのシーンにも、どんなシリアスなシーンにだって、ほとんどどこかに笑いの要素が加えられている。例えばモーツァルトの美人妻、コンスタンツェがサリエリを秘密裏に訪ねたとき、サリエリが差し出すのは「ビーナスの乳首」というお菓子。サリエリが敬虔なキリスト教徒で禁欲を重んじているところに、豊満なバストを持ったコンスタンツェがやってきて、動転するサリエリの内心がユーモアたっぷりに描かれている。あるいはコンスタンツェが家出してしまって困り果てるモーツァルトに対し説教するお姑さんの怒鳴り声が、モーツァルトのオペラ「魔笛」のアリアに転じていくとか。オーストリア皇帝の取り巻きのローゼンベルク伯爵と宮廷楽長ボンノは、どう見ても年季の入った漫才コンビだったりとか。サリエリがモーツァルト殺害を告白する愛憎劇が、何度見ても馬鹿馬鹿しく楽しくて仕方がないとは、すごい作品を作るものである。
18世紀の欧州を復元した美術は圧倒的だ。街の様子、パーティーの模様、コンサートの様子、皇帝の宮殿、どのシーンも、この時代はきっとこんなであったろうと信じさせるだけの本物らしさと、何よりスクリーンで映える美しさを持っている。特にオペラハウスでのシーンは人工照明を用いず、当時と同じくロウソクを用いたという。街並みの撮影は冷戦の厳戒下にありながら、東欧のプラハにて行われた。そうやって細部まで妥協せずに作り込んだからこそ、奇跡とも呼べる映像が実現した。天才脚本家ピーター・シェーファーの優れた脚本に、すばらしい映像、そして全編を彩るモーツァルトの名曲群がついて、最後に、主演F・マーリー・エイブラハムの怪演が加わる。エイブラハム扮するサリエリの、表情の豊かさといったらどうだろう。苦悩する若い時代のサリエリ。モーツァルトの殺害について、子供のように無邪気に笑う老年のサリエリ。とたんに鬼の形相になって神を呪詛するサリエリ。後年エイブラハムが映画俳優として大成しなかったのは、この映画のサリエリ役があまりにすばらしすぎたからではないだろうか。この顔を見たら、もう「モーツァルトを殺したの?」と聞くしかないだろう2。見る者の脳裏に強烈に刻まれてしまう、すさまじい演技だ。
(次回へ続く)
脚注:
1) 劇書房から演劇の台本(江守徹・訳)が出版されている。ほんとうに映画版とはずいぶん違う。日本でも演劇はたびたび上演され、1982年の初演はモーツァルト=江守徹、サリエリ=松本幸四郎、だったが、現在ではモーツァルト役を市川染五郎が務め、幸四郎との親子競演が見ものとなっている。松本幸四郎の舞台での立ち姿はさすがに美しく、非常に見栄えのするサリエリであり、この役が幸四郎の当たり役と言われるのも納得である。
2) シュワルツェネッガー主演の映画「ラスト・アクション・ヒーロー」は現実と映画の世界が交錯するストーリーだが、映画の世界における刑事役のエイブラハムは、主人公の少年に会うなり、「モーツァルトを殺した」と言われてしまう。『アマデウス』から十年も経っているのにそんな役が来てしまうエイブラハムが、ちょっとかわいそうだと思った。
本ブログ:TOP
by hiraku_auster
| 2006-03-11 12:28
| 映画