2006年 05月 28日
山崎豊子「白い巨塔」 (2/2)
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(前半からのつづき)
その一方で物語後半の軸を作るのは、佐々木庸平の遺族を助ける関口弁護士と、東佐枝子の奮闘である。私はこの小説の二度のTVドラマ化のうち、最近のもの(財前=唐沢寿明版)しか見ていないが、このTVドラマで特に秀逸であったと思うのは、後半部を原作から大きく改変し、関口と佐枝子が物語の中心であるという軸をより鮮明にしたところである。まず、ドラマでは関口(上川隆也)自身の物語が描かれ、彼の正義感の背景が明らかにされている。次に、小説では「受け身」の印象の強い東佐枝子が、TVドラマでは矢田亜希子演じる積極的な女性に変化している。裁判の内容もかなり異なるし、小説では後半のもうひとつの中核をなす財前の学術会議選挙出馬が、ドラマ版ではごっそり抜けていることも考えれば、小説とTVドラマは、後半部では別ものと言って良いだろう。小説の社会派の側面をかなり減じ、代わりに若い二人の成長に光を当てたのは、TVドラマとしては適切な改変であったと思う。
しかしTVドラマ(唐沢版)がいくら秀逸だったと言っても、小説のすばらしさはそれ以上で、到底比較にならない。膨大な資料から引用されたと思われる聞きなれない専門用語が多用されているのにも関わらず、小説の文章は明晰そのもので、ぐんぐんと読み進めることができる。TVドラマ後半では若い二人の成長というややソフトな内容に主眼がおかれたが、原作では、第一審で財前側が勝利した裁判を、関口らが控訴審でいかに巻き返すかという論理の形成が中心となっている。TVドラマでは財前のインフォームドコンセントの不備が問題になるのに対し、小説では財前の治療が技術的に三つのミスを含んでいたことを指摘し、それぞれのミスの立証に証拠・証人を用意するというかなりハードな内容が続く。こんなにも緻密な論理構成をきっちりと追っていけるのは、自分の理解の速度に合わせて読み進むことができる読書ならではの醍醐味である。さらにそんな硬派な話と並行して、さまざまな人間模様が交錯し、一人一人の内面が丁寧に描かれていくのだから、もう著者の力量に脱帽するほかはない。本書を読み終えて裏表紙を閉じたとき、小説の世界から離れてしまうことへの寂寥を強く感じた1。できるだけ多くの人に読んでいただきたい、すばらしい小説である。
-hiraku-
脚注:
1) TVドラマのチープな続編ならば、お望みとあればいくらでも作れそうだ。逞しくなっていく柳原君とか、失脚する鵜飼教授とか、復興する佐々木商店とか。実際、柳原を主人公とした特別版ドラマが放映されたという(私は未見)。それは、この小説が作り上げた世界がいかに豊かで広がりを持つかという証しであるだろう。
謝辞:
TVドラマ「白い巨塔」のビデオを貸してくれたO君と、原作小説を贈って下さったMご夫妻のおかげで、異国の地にありながら本作品を楽しむことができました。ありがとうございました!
本ブログ内の関連エントリー:
● 映画『アマデウス』
● ポール・オースター『偶然の音楽』
● ポール・オースター『リヴァイアサン』
● ポール・オースター『鍵のかかった部屋』
その一方で物語後半の軸を作るのは、佐々木庸平の遺族を助ける関口弁護士と、東佐枝子の奮闘である。私はこの小説の二度のTVドラマ化のうち、最近のもの(財前=唐沢寿明版)しか見ていないが、このTVドラマで特に秀逸であったと思うのは、後半部を原作から大きく改変し、関口と佐枝子が物語の中心であるという軸をより鮮明にしたところである。まず、ドラマでは関口(上川隆也)自身の物語が描かれ、彼の正義感の背景が明らかにされている。次に、小説では「受け身」の印象の強い東佐枝子が、TVドラマでは矢田亜希子演じる積極的な女性に変化している。裁判の内容もかなり異なるし、小説では後半のもうひとつの中核をなす財前の学術会議選挙出馬が、ドラマ版ではごっそり抜けていることも考えれば、小説とTVドラマは、後半部では別ものと言って良いだろう。小説の社会派の側面をかなり減じ、代わりに若い二人の成長に光を当てたのは、TVドラマとしては適切な改変であったと思う。
しかしTVドラマ(唐沢版)がいくら秀逸だったと言っても、小説のすばらしさはそれ以上で、到底比較にならない。膨大な資料から引用されたと思われる聞きなれない専門用語が多用されているのにも関わらず、小説の文章は明晰そのもので、ぐんぐんと読み進めることができる。TVドラマ後半では若い二人の成長というややソフトな内容に主眼がおかれたが、原作では、第一審で財前側が勝利した裁判を、関口らが控訴審でいかに巻き返すかという論理の形成が中心となっている。TVドラマでは財前のインフォームドコンセントの不備が問題になるのに対し、小説では財前の治療が技術的に三つのミスを含んでいたことを指摘し、それぞれのミスの立証に証拠・証人を用意するというかなりハードな内容が続く。こんなにも緻密な論理構成をきっちりと追っていけるのは、自分の理解の速度に合わせて読み進むことができる読書ならではの醍醐味である。さらにそんな硬派な話と並行して、さまざまな人間模様が交錯し、一人一人の内面が丁寧に描かれていくのだから、もう著者の力量に脱帽するほかはない。本書を読み終えて裏表紙を閉じたとき、小説の世界から離れてしまうことへの寂寥を強く感じた1。できるだけ多くの人に読んでいただきたい、すばらしい小説である。
-hiraku-
脚注:
1) TVドラマのチープな続編ならば、お望みとあればいくらでも作れそうだ。逞しくなっていく柳原君とか、失脚する鵜飼教授とか、復興する佐々木商店とか。実際、柳原を主人公とした特別版ドラマが放映されたという(私は未見)。それは、この小説が作り上げた世界がいかに豊かで広がりを持つかという証しであるだろう。
謝辞:
TVドラマ「白い巨塔」のビデオを貸してくれたO君と、原作小説を贈って下さったMご夫妻のおかげで、異国の地にありながら本作品を楽しむことができました。ありがとうございました!
本ブログ内の関連エントリー:
● 映画『アマデウス』
● ポール・オースター『偶然の音楽』
● ポール・オースター『リヴァイアサン』
● ポール・オースター『鍵のかかった部屋』
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by hiraku_auster
| 2006-05-28 06:46
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